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秋葉寺を巡る情景2「火祭り参加編」

 2022/03/09
学ぶ この記事は約 9 分で読めます。
秋葉寺:火祭り

浜松市天竜区の秋葉山には、「秋葉神社」と「秋葉寺」のふたつがあります。
位置的には、秋葉山頂付近にあるのが「秋葉神社」。
登山道があり、車やバスでも比較的行きやすいです。

一方、「秋葉寺」は、「秋葉神社上社(頂上)」から下山方向に徒歩約30分ほど奥に進むか、「秋葉神社下社(麓)」から徒歩登山で約1時間程の場所にあります。

どちらも毎年12月15、16日に火祭りが行われ、全国から観光客が集まります。

「秋葉神社」は日本全国に点在する約400社ある総本山であり、全国的に有名です。
火防の神さまと言われ、古くから多くの参詣者で賑わっていました。
火まつり当日は、三人の神職によって3種類の舞が披露されます。

一方、「秋葉寺」は、秋葉寺といえば火祭りと言われるほど、多くの人に知られています。
それは、護摩火渡りが行われますが、僧侶だけでなく参詣者も最後に裸足になって火渡りを行うことができるからです。
けがれた身を清浄な火によって祓うと言い伝えられています。

火祭りが行われるのは夜間にもかかわらず、毎年多くの方が山道を歩いて訪れています。

今回は、「秋葉寺」の火祭りに参加した時の様子を綴った第2弾です!
趣向を変えて、エッセイの形で『秋葉寺の火祭り』をご紹介いたします。

家康

秋葉寺を巡る情景1「縁(えにし)編」

https://enjoy-hamamatsu.shizuoka.jp/study/28562/

『秋葉寺の火祭り』第一弾記事はこちら

前書き

私にとって秋葉寺の火祭りは、映像や知識だけのものでした。
夏に水窪にある同級生の実家を訪ねたことがきっかけで、今まで以上に秋葉寺と火祭りの存在が私の中で大きくなってきました。

過去に「秋葉神社」までは何度か行きました。
「秋葉神社」の火祭りも行きました。

しかし、さらにその奥の「秋葉寺」までは行ったことはありませんでした。
なぜって、駐車場から秋葉神社上社まで、階段を登って20分以上かかり、(息切れをしてしまって、途中階段の踊り場で休憩をとるから)さらにその奥を800mもの山道を下っていかなければいけません。

帰りは800mの上り、というわけです。

その5 「夏に秋葉寺へ行ってきた」

秋葉寺:火祭り

秋葉寺の境内になります。

水窪にある同級生の実家へお呼ばれした2回目は夏でした。
その時には、お父さんと火祭りの話をしようと計画し、その関連の写真まで用意してもらうよう依頼してしまいました。
「一度、秋葉寺まで行かねばなるまい」固い決心を内に秘め、水窪へお邪魔する前に秋葉寺へ行こうと考えました。

約束の時間から逆算して、秋葉寺までの時間を予想して、朝早くに自宅を出発。

想像通り、駐車場から秋葉神社上社まで登り階段で汗だく。
早くも息が上がってます。

秋葉神社の黄金の鳥居を上にみて、秋葉寺に山道に入ります。
木の根が露出し、石がゴロゴロしている下り階段は、足元不如意で転びそう転びそうになること数回で、九十九折の山道を20分ほど降りていきました。

秋葉寺は、秋葉神社の下社からも山道を登って来れますが、その距離は2,800m。
ちょっと(いやだいぶ、いや絶対)無理。

秋葉神社下社からの山道側に秋葉寺の山門がありました。(前回紹介しました)
秋葉寺の境内は火祭りを行うだけあって、野球場くらいの広さがありました。

境内の周りは樹枝が生い茂り、そこから風が汗を冷やしてくれました。
本殿の裏側(秋葉神社上社からきた山道の方)には、修験者の方々の宿坊施設がありました。

その6「御祈祷」

秋葉寺:火祭り

大黒殿大祈祷(出世、開運の祈願祈祷)

基本的に12/15、16両日とも同様の流れで進行しています。
厳密には15日は、全国各地の火祭りにお回りになられる三尺坊様をお送りする儀をします。

16日はお戻りになられる三尺坊様をお迎えする儀として行われます。
しかし、2021年はコロナ禍の関係で、15日のみの行事となりました。
この儀式には、時間の関係で間に合わなかったので、見ることができませんでした。

秋葉寺のご住職が数人おられ、本堂の中で御祈祷をします。
大黒殿大祈祷(出世、開運の祈願祈祷)というそうです。

2021年は、例年よりも一時間早く開始されたということで、そのころ私は、秋葉神社に到着していました。
長い階段の両脇に献灯が焚かれ、薄暗くても十分に足元を確認しながら登ることができました。

続いて、秋葉寺へ下る山道に入るのですが、そこから灯が一切ない・・・
真っ暗で、本当に真っ暗で何も見えません。

月明りもなく星は出ているのですが、トンネルのように樹枝が伸び、真の暗さでした。
懐中電灯がなければ、とても下っていけません。

幸い、スマートフォンを持っていたので、その電灯を灯して下ってきました。
昼間でも、階段がくずれ、樹の根や石がゴロゴロしているので、夏に来た時よりも足元が危うい道中でした。

普通はお祭りなんだから、提灯くらいつけるだろう・・・独り言を発しても状況は変わりません。
「本当に火祭りはやっているのか」と疑いだした秋葉寺の宿坊近くで、やっと灯が見えて、ほっとしました。

秋葉寺境内に入ると、すぐに僧侶の方々が本堂からお出になられるのが見えました。
これから護摩壇が始まるようです。

その7「護摩壇の衣装」

秋葉寺:火祭り

護摩壇へ登る衣装

話は夏に戻ります。

秋葉寺へ行って、その後時間と約束の時間通り、水窪に到着しました。
同級生のお父さんが、10年前に秋葉寺で護摩壇へ登られて、燃え盛る火のなかで、凧を持ち、ぎりぎりまで、火の中にいる修行をされたことを聞きました。
その様子を聴きたいと、厚かましくお邪魔しました。

その時は、他の同級生もいて、そちらはおしゃべりをしたり、出していただいたパンやコーヒー、お昼ご飯までごちそうになり、気軽で楽しい時間だったようです。
一方、私は真剣勝負、お父さんからのお話を聞き逃すまいと、緊張の連続でした。
お出しいただいたパンやコーヒー、お昼ご飯はしっかり美味しくいただきましたが。

その内容は、段々と書いていきます。

護摩壇へ登るときの衣装のお話です。

他の同級生が、2階へ上がっていました。
護摩壇に乗ったときの衣装がご自宅の2階に飾ってあるそうです。

衣装は「洗ってはいけない」といわれているそうです。
洗濯することで霊力が薄れるのかなとも思いましたが、「文字は墨で書いてあるから」と言われました。
洗濯すると字が滲んだり消えるからということらしいんですが、私は「護摩壇に乗って四天の荒行で得た力や霊力がその衣装に宿っているから、洗濯などとんでもない、」などと勝手に思い描いているのです。

私は現物を見ることができませんでした。
「見れば絶対なんらかのパワーを感じることができるはずだ。」そう思うと、現物を見られなくて、残念でたまりません。
お父さんのアルバムにその時の写真があり、それを描かせていただきました。

その8「いざ、護摩壇へ」

秋葉寺:火祭り

燃え盛る護摩壇へ

護摩壇は、2.5m四方くらいの大きさで、高さ40~50cmほどで、すべて木を重ね合わせて作られています。
それがすべて燃え上がり、燃え尽きます。

手の持った凧が火の勢いで空へ舞い上がり、本人のタイミングで護摩壇から降りる。
四天の荒行と呼ばれる修行のひとつです。

水窪のお父さんがこの荒行をされたのが10年前。
YouTubeにその時の様子がUPされていました。

真殿前の御神木の杉の梢の下で焚かれた神火によって四方から火がつけられます。
四方から火全体に燃え広がり、その姿が炎で見えなくなっていました。
凧を上げても、まだ護摩壇から降りようとしませんでした。

周りから「あだまだ」という声が聞こえます。
「まだ降りるなよ」「まだ大丈夫だ」という意味でしょうか。

YouTubeを見ていると、10年前の映像ですが、気が気ではありません。
かなりの時間、火の中にいて、巻かれる炎の中から余裕で降りてきました。

私が参加した火祭りでは、火をかけられたあと、凧が舞うほどの上昇気流が起きたところで、凧を放し、すぐ降りてきました。
同じ体験をしろと言われても、絶対嫌だし無理です。
長く我慢しようが、早く降りようが、荒行の厳しさは映像からもわかりました。

その9「燃え盛る護摩壇への祈り」

秋葉寺:火祭り

護身呪での祈り

炎によって上昇した凧は、四方から紐で結ばれ、それ以上は登ってはいきません。
四方から紐を調整して、炎の上にしばらく漂わせていきます。

頃合いを見計らって、火のない場所へ着陸させるのです。
そのあと、見学していた参拝者が凧のワッと群がります。

凧は全くの無文字で白紙であり、これもご利益があるとされて参拝者は凧をちぎり手に入れようと必死です。
私もその群がりに参加していまいます。

小さな一切れを手に、輪から離れようとしましたが、隣に老夫婦が翻弄されていたので、手に入れた凧の端を2つにして差し上げました。

凧の群がりの参加から、脱出するまで、思考がゼロでした。
集団心理もあるでしょうが、体が勝手に動いていたのでした。

まだまだ護摩壇に炎は衰えることなく、荒縄が張られた結界のそとにいたのですが、10m以上離れているはずが、熱気が頬にあたるのでした。

炎がおさまるまで、修験者と僧お方々が、結界の中に入り、護身呪を唱えます。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)

護摩壇の四方に移動しながら、人差し指と中指を立てる刀印(とういん)で真横・縦と交互に切りながら、気合いをかけるように、この呪文をとなえていました。

秋葉山 秋葉寺「火祭り」 詳細情報

秋葉寺「火祭り」開催日・アクセス

開催日 毎年12月15日、16日
開催時間 20時~
会場住所 静岡県浜松市天竜区春野町領家848
電話 053-985-0010
ご注意 夜道は外灯がないため、懐中電灯を持参してください。
駐車場 なし
※周辺の秋葉神社上社第1駐車場または秋葉神社下社駐車場をご利用ください。
アクセス 徒歩 山頂付近の秋葉神社 上社から徒歩約30分
秋葉神社 下社から徒歩約1時間半
HP https://www.akihasan-shuyoji.or.jp/

あとがき

2021年12月15日に行われた秋葉寺火祭りに初めて参加しました。

想像以上に厳粛で、荘厳で、迫力があって圧倒されました。
護摩壇から10m以上離れて、そのまわりに、荒縄を張って結界を作っていて、その外側から燃え盛る熱気が頬に痛いほどです。

次回は、火祭りの様子の後編と、火祭りに関わっている修験者の方々のその他の修行を紹介します。

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秋葉寺:火祭り

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この記事を書いたひと

山下清生

山下清生

浜松工業高校デザイン科卒。
3年間印刷会社でデザイナーを経験したあと、ヤマハ発動機(株)勤務。
定年を迎えましたが、引き続き勤務中。

だから、昔から好きだった絵を描くことを再開しました。
(まだ5年くらいは働きますが・・・)
今、描きたいものが、たくさん目の前に現れています。
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<受賞歴>
2020年 2月 「浜松市芸術祭第67回市展」入選
2020年11月 「日本国際水彩画会秋季秀作ネット展2020」入選
2021年 4月 「第21回日本国際水彩画交流展」入選
2021年 6月 「第4回日美展・絵画部門」入選
2021年 9月 「第45回記念新日美展」佳作入賞
2021年11月 「JIWI秋季国際水彩画展2021」入選
2022年 1月 「浜松市芸術祭第69回市展」入選
2022年 6月 「第5回日美展 絵画部門」優秀賞
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◆絵だけでなく小説の執筆活動にも挑戦していました。

1996年(平成8年) 作品「こちら何でも相談室」創元推理短編賞 
2001年〜2005年頃 掛川市大須賀に在住のミステリー作家の「木谷恭介」に弟子入りして、木谷工房に参加
         「玉沖好也(たまおきよしや)」というペンネームで一部下書きとアイデア出し、表紙を担当させていただきました。
2012年(平成24年) 作品「二俣城備忘録」伊豆文学賞 
2020年(令和 2年) 作品「二俣城攻防録」ふじのくに芸術祭2020文学部門小説の部 奨励賞
2021年(令和 3年) 作品「潮流(万石事件)」ふじのくに芸術祭2021文学部門小説の部 入選